点点主義

モギケン一座、新印象派をみる。
  • モギケン一座
  •  座長●茂木健一郎
  • 団員1●恩蔵絢子[聞き書き]
  • 団員2●植田工[絵解き]

茂木健一郎博士が新印象派の絵を語る これは絵画の革命だ!
新印象派って、なんでしょう?
印象派があって、ポスト印象派がある。
ポスト印象派と新印象派ってどっちが新しいんでしょうか。
新印象派の人たちは点描を駆使する人が多いようです。
印刷でもないのにどうしてわざわざ点々で描くのでしょう。
どうも、より美しく、より心や頭に残る絵を追求した結果みたいです。
目で見るのではなく、脳で見るのかな? ということで、
この新印象派の絵を脳科学者・茂木健一郎博士とともに見てみましょう。
Vol.3_印象派は『はつ恋』の味。

 なぜ日本人はこんなにも印象派が好きなのでしょう?

 印象派の作品は、もちろん世界中で人気のあるものだけど、日本人は特に好きなように思います。今回たまたま僕と同じタイミングで会場にいらしていた方々も、本当に好きそうに見ていらっしゃいました。そして僕自身も、日本人の精神と呼応するものがあるのを、常に感じているのです。

プージヴァルの庭

ベルト・モリゾ
《プージヴァルの庭》
1884年
油彩・カンヴァス 73×92㎝
マルモッタン・モネ美術館、パリ
ⒸMusée Marmottan Monet, Paris, France / Giraudon / The Bridgeman Art Library

 一言でいえば、本居宣長のいった「もののあはれ」になるのかもしれません。絶対的な存在として既に名の知られたものを描くというのではなくて、まだ、正体のわからない、名前のわからない、でも確かに自分が感じていることを描く。移ろい消えてしまう、その場にしかなかったものだけれども、確かに存在した、一瞬の心の状態、というのでしょうか。

 もともとモネは、「オンプレネール (En plein air = in the open air)」といって、普通だったら室内でじっくりと描くところを、全て外で一気に仕上げてしまう描き方をしていました。その場にしかないものを、その場でとらえるように、ものすごく急いで描いている。例えば、貴婦人が日傘を差して立っている、その姿。小さな子どもと、彼女が、風が通り過ぎていく中、こちらを確認するように振り返る。なんともいえない、でも画家自身が確かに感じている気持ちみたいなものを、見ている僕もしっかりと感じるのです。

 この感覚は、十代の頃、自分が感じていることの名前がわからなくて、焦ったり、いらいらしたり、鬱々としたり、幸福に没入したりした、あの感覚と似ています。ツルゲーネフの『はつ恋』に、16歳の少年が、隣の家に越してきた娘の行動一つ一つに、興奮したり、悩んだり、ジェットコースターにのせられてしまったがごとく胸を動かしていく様子が描かれていますが、まさにあれです。この小説は、その少年が「これが恋なのだ」という言葉を得て終わるのです。

 これが何なのかということがわからないまま、いわば素っ裸で世界と格闘しているときに感じる、あの『はつ恋』が、印象派の絵だと僕は思うのです。

 ヨーロッパの中で、伝統的に受け入れられてきた、「キリストの磔刑」みたいな絵と印象派の人たちの絵とは根本的に違っていて、なんだかもっともっと人間が小さな頃に見る光景に近いと感じます。新印象派をはじめたスーラも、印象派に影響を受けました。

 スーラの《グランド・ジャット島の日曜日の午後》の風景を誰が見ているかと聞かれたら、五歳ぐらいの女の子、と僕は答えます。

 すごく立派な紳士とか、老人じゃないと思うのです。基本的にどこにも焦点が当たっていなくて、まさに印象そのものという感じで、意味とか全く抜きに、世界をぼうっと見ているときの状態に見える。

 清少納言の『枕草子』の、「うつくしきもの」という段に、稚児が這ってきて、埃を見つけて、指につまんで大人に見せる、なんてかわいらしいのだろう、という文章がありますが、まさにそんなクオリアの塊として世界を見ている。

 五歳ぐらいの女の子が見ている景色だからといって、馬鹿にして良いはずはない。はかないからといって、そこに真実がないはずがない。彼らの絵はそのことをはっきりと証しています。

 今回の展覧会では習作のみの出品ですが、現地を撮影したビデオも会場にあって、実際のグランド・ジャット島の様子というのが見られます。それを見られたことで改めて、僕は、実際の島よりも、《グランド・ジャット島の日曜日の午後》というあの絵の中の方に行ってみたいと思ったのです。

〈グランド・ジャット島の日曜日の午後〉の習作

ジョルジュ・スーラ 《〈グランド・ジャット島の日曜日の午後〉の習作》
1884-85年 油彩・板 15.5×24.7㎝ オルブライト=ノックス美術館、ニューヨーク ⒸTom Loonan

 僕は子供の頃から蝶が大好きなんですが、蝶の図鑑を見ると、その中の蝶の絵が、写真で見るよりも本物の蝶らしいことがあって、それがずっと不思議でした。《グランド・ジャット島の日曜日の午後》も、スーラと同じ、あの日のあの時間にグランド・ジャット島に行って、午後の、人々が集っている様子を写真で撮るより、僕たちが見るべき、ずっと純粋なグランド・ジャット島が描かれているだろうと僕は確信します。僕たちの心の動き方に忠実で、僕たちの心の真実が目指されていると思う。あの絵の中の猿に、僕は会いたいと思っています。 

[参考|《グランド・ジャット島の日曜日の午後》はこちらで見られます]
http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/27992?search_no=1&index=1
(シカゴ美術館公式サイトより)

茂木健一郎(もぎ けんいちろう)

1962年生まれ。脳科学者。ソニーコンピューターサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。『脳と仮想』で第四回小林秀雄賞を受賞。著書多数。

聞き書き

恩蔵絢子(おんぞう あやこ)

1979年生まれ。脳科学者。
上智大学物理学科卒業後、東京工業大学大学院にて脳科学を学び博士号修得。博士(学術)。

絵解き

植田工(うえだ たくみ)

1978年東京生まれ。東京藝術大学絵画科油画専攻卒業、東京藝術大学大学院美術解剖学(布施英利研究室)専攻修了。株式会社オリエンタルランドにてインハウスデザイナーとして勤務し退職後、脳科学者・茂木健一郎氏に師事しながら、アーティスト、アートディレクターとして活動。

構成

鈴木芳雄(すずき よしお)

1958年生まれ。編集者、美術ジャーナリスト。
慶應義塾大学卒業。愛知県立芸術大学客員教授。2010年3月までブルータス副編集長を10年間務める。主な仕事に「奈良美智、村上隆は世界言語だ。」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「緊急特集 井上雄彦」「仏像」など。共編著に『チームラボって、何者?』

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