点点主義

モギケン一座、新印象派をみる。
  • モギケン一座
  •  座長●茂木健一郎
  • 団員1●恩蔵絢子[聞き書き]
  • 団員2●植田工[絵解き]
茂木健一郎博士が新印象派の絵を語る これは絵画の革命だ!
新印象派って、なんでしょう?
印象派があって、ポスト印象派がある。
ポスト印象派と新印象派ってどっちが新しいんでしょうか。
新印象派の人たちは点描を駆使する人が多いようです。
印刷でもないのにどうしてわざわざ点々で描くのでしょう。
どうも、より美しく、より心や頭に残る絵を追求した結果みたいです。
目で見るのではなく、脳で見るのかな? ということで、
この新印象派の絵を脳科学者・茂木健一郎博士とともに見てみましょう。
Vol.1_なんで点描なんかになったの?

 新印象派の代表と言えば、19世紀末、科学的色彩理論をふまえて、驚くべき点描画法を生み出したジョルジュ・スーラ。

 物理学者ジェームス・クラーク・マクスウェルが、光の性質について重大な理論を打ち出したのもちょうどその頃で、アルベルト・アインシュタインが、それを受けて特殊相対性理論を発表するのが、1905年。

 新印象派の人たちの活躍した時期は、科学というものの地位が高まっていた時期だということは確かにあるのかもしれません。

 でも、だからといって、絵を点点で全部描こうとするなんて、とっても奇妙なことだと僕は思う。

 科学的背景、科学的理論、そういうものから予測できる以上の奇妙さと魅力とを僕はずっと感じてきて、その真の背景を理解できたら良いなという気持ちを持っていたのです。

ジョルジュ・スーラ
《セーヌ川、クールブヴォワにて》
1885年 油彩・カンヴァス 81×65.2㎝ 個人蔵
© Droit Réservé

 今回、この展覧会を見て、なんで点描なんかになったのか!という自然な流れを僕はつかんだ気がしました。

 この展覧会自体、モネの絵から展示が始まっているのですが、モネの絵が全ての始まりだったと僕は改めて思ったのです。

 モネの絵は当時の主流画家達に大衝撃を与えたわけですが、なんで衝撃だったのかといえば、つまるところ、「筆跡を残しちゃう」ってことだったわけです。

 それまでの古典的な絵は、筆跡が残っちゃいけなかった。均一な色の表面を塗るなら、まっさらじゃなくちゃいけなくて、筆跡が残っちゃうのは、下手な証拠!みたいな考えだった。

クロード・モネ《税関吏の小屋・荒れた海》
1882年 油彩・カンヴァス 58×81㎝ 
日本テレビ放送網株式会社

 だけど、実際には、筆の跡にだって当然色んな色が乗っています。その筆跡で絵を構成するってことだってできるんじゃない?ってことにモネが気づいたら、まてよ!だとしたらこんなこともできちゃうよ!ってみんなが嬉しくなっちゃった。

 例えば、草原みたいに、緑に見えるところの色を、よくよく見たら、その中には実際色んな色の草があって、だから色んな色で描く、っていうのはもしかしたら普通なのかもしれない。

 スーラの気づきは、画家がたまたま残した筆の跡、ひょっとしたらそれ自体が隣同士同じ色じゃなくても良いんじゃない?という、とんでもない発想の転換だった。それが自然に点描につながったのではないでしょうか。

 それで点描で一つのまとまりある印象を与える絵を描くことができるようになったら、今度は、一個一個の色の点自体が存在感を持って、勝手に動き出してもいいんじゃない?ということになって、フォーヴィスムまでつながった。

 全てはモネの「筆跡を残して良い」っていう気付きからはじまった、気付きの連鎖なんですね。

 点描画を見ると、「ウワーッ生きてる!全部生きてるッ!!」みたいな気持ちになります。結局、点描の色の点を置いているのは、画家その人で、そこに残っているのは、その人の跡なんですね。

 現代では、テレビ画面も印刷物も、みんな色の点点で作られていて、あるアルゴリズム(注1)で原色の点点が組み合わされているわけですが、印刷技術と点描と何が違うかといえば、点の置かれる場所が完璧じゃないっていうところ。

 点描では、点の置かれる場所がちょっと揺らいでいるというか、ノイズがのっています。その揺らぎとかノイズが、僕には描いた画家の命の震えみたいに見えるんです。

クロード・モネ《アヴァルの門》
1886年 油彩・カンヴァス 65×81.2㎝ 
島根県立美術館

クロード・モネ《アンティーブ岬》
1888年 油彩・カンヴァス 65×92㎝ 
愛媛県美術館

ジョルジュ・スーラ
《〈グランド・ジャット島の日曜日の午後〉の習作》
1884年 油彩・板 15.6×24.1㎝
メトロポリタン美術館、ニューヨーク
(ロバート・レーマン・コレクション)
© The Metropolitan Museum of Art. Image source :
Art Resource, NY

 スーラにしても、命の軌跡みたいなものを残しているから、すごく音楽的だし、画家の命自体に向き合っているっていう感覚が起こります。

 上手く描けたものほど、画家の生命の痕跡って消えちゃうのかもしれません。子供の絵でも、下手くそなのをみると、なんだかその子の生きている感じがすごくする。

 あまりにも完璧に出来た塗りムラもないような絵って、むしろ、神様とか、プラトンのイデア(注2)の方に、人間の方が奉仕しちゃっているってことなんじゃないのかな。理想に対して、生命の方が遠慮して塗っているというか。

 結局彼らがやったのは、生きてる方が大事だよ、っていう大転換だったんじゃないでしょうか。

 画家が色をおくときに、それまでの古典的な絵だったら、ここにはこの色をおかなければならないという必然的なルールがありました。

 でも点描では、別にそれがズレていても、全体としてそう見えれば良い、っていう根本的な発想の転換が起こっています。

 やっぱり、それは、画家達が、生命の本質に気付いたってことなのだと思います。

 揺らぎとかノイズが生命だ、ってことで言えば、言葉も同じで、人との会話を録音して書き起こしてみると、ひどいです。言い淀んでいたりして、完璧な文章なんかで話していない。

 でもそれが生きているっていうことで、聞く側、見る側は、それをちゃんと脳の中で編集して、その人のことを受け取っているんです。脳って編集する力があるんですね。

ポール・シニャック《クリシーのガスタンク》
1886年 油彩・カンヴァス 65×81㎝ 
ヴィクトリア国立美術館、メルボルン
© National Gallery of Victoria, Melbourne
Felton Bequest, 1948

注1:手順、やり方 注2:理想、目に見えない本当の姿

茂木健一郎(もぎ けんいちろう)

1962年生まれ。脳科学者。ソニーコンピューターサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。『脳と仮想』で第四回小林秀雄賞を受賞。著書多数。

聞き書き

恩蔵絢子(おんぞう あやこ)

1979年生まれ。脳科学者。
上智大学物理学科卒業後、東京工業大学大学院にて脳科学を学び博士号修得。博士(学術)。

絵解き

植田工(うえだ たくみ)

1978年東京生まれ。東京藝術大学絵画科油画専攻卒業、東京藝術大学大学院美術解剖学(布施英利研究室)専攻修了。株式会社オリエンタルランドにてインハウスデザイナーとして勤務し退職後、脳科学者・茂木健一郎氏に師事しながら、アーティスト、アートディレクターとして活動。

構成

鈴木芳雄(すずき よしお)

1958年生まれ。編集者、美術ジャーナリスト。
慶應義塾大学卒業。愛知県立芸術大学客員教授。2010年3月までブルータス副編集長を10年間務める。主な仕事に「奈良美智、村上隆は世界言語だ。」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「緊急特集 井上雄彦」「仏像」など。共編著に『チームラボって、何者?』

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