点点主義

モギケン一座、新印象派をみる。
  • モギケン一座
  •  座長●茂木健一郎
  • 団員1●恩蔵絢子[聞き書き]
  • 団員2●植田工[絵解き]
茂木健一郎博士が新印象派の絵を語る これは絵画の革命だ!
新印象派って、なんでしょう?
印象派があって、ポスト印象派がある。
ポスト印象派と新印象派ってどっちが新しいんでしょうか。
新印象派の人たちは点描を駆使する人が多いようです。
印刷でもないのにどうしてわざわざ点々で描くのでしょう。
どうも、より美しく、より心や頭に残る絵を追求した結果みたいです。
目で見るのではなく、脳で見るのかな? ということで、
この新印象派の絵を脳科学者・茂木健一郎博士とともに見てみましょう。
Vol.2_色をパレットで混ぜないで、脳で混ぜる!

 点点で描いたものが風景に見える、ってそもそもとっても不思議なことです。

サン=ブリアックの海、ラ・ガルド・ゲラン岬、作品211

ポール・シニャック
《サン=ブリアックの海、ラ・ガルド・ゲラン岬、作品211》
1890年 油彩・カンヴァス 65×81.5㎝ 
アルプ美術館 バーンホフ・ローランズエック、レマーゲン(ユニセフ遺贈ラウ・コレクション)
© Collection Rau for UNICEF Photograph: Peter Schälchli, Zürich

地中海のほとり

アンリ=エドモン・クロス
《地中海のほとり》
1895年 油彩・カンヴァス 65.5×93cm
個人蔵 © Steven Tucker

 点描の画家たちは、パレットの上で色を混ぜると濁るといって、カンヴァスに絵の具そのままの色をひたすら小さな点として置いていきました。つまり画家が直接絵の具を混ぜるのではなくて、絵を見る人の頭の中で混ぜさせるようにしたわけです。水に、濁り水と、真水とがあるように、もしかすると、真の色というのは脳の中にある、と彼らは思っていたのかもしれません。

 脳の中でどんな風に色は作られるか。

 色は、たとえ同じ色でも、まわりにどんな色が置かれるかで、見え方がまったく変わってしまうものです。例えば、この図のAとBでは、どちらの方が明るく見えるでしょう? Bの方が圧倒的に明るく見えると思います。けれども、実は、AとBの色は全く同じ色なのです。

© 1995, Edward H. Adelson

 我々がものを見るときに、脳は空間の中の隣同士の点の色を瞬時に比べていて、そうして比べるやいなや、一つ一つの点の色は変わってしまうわけです。

 そういう風に脳の中で作られる色の方が、確かに純粋で、真の色に近いといえるのかもしれない。

 脳の中でできる色が純粋、ってどういうことか。こんな図を見てください。この中に二つ三角形が見えますか?

 黒い線で縁取られた上向きの三角形の上に、下向きの三角形が重なってあるように見えるかと思います。

 その下向きの三角形というのは、輪郭のない、脳の中で線が補われることによって見えている、いわば脳の中だけの三角形なのですが、この三角形の色の明るさに注目してみてください。周りの色よりもその中だけ明るく見えませんか? もちろん実際にその中が明るいわけではありません。我々の脳が下の三角形と区別しようと勝手に明るい色を作り出しているのです。この明るさというのは、実際になにか光を照らして明るくしたのとは違う、純粋な明るさに感じられてこないでしょうか。

ベンハムの独楽

ベンハムの独楽gifアニメ

ベンハムの独楽こま

 「明るさ」だけなく、純粋な「色」ということで例をあげれば、ベンハムの独楽こま と呼ばれる、白と黒の線だけでできている独楽があります。白と黒の線だけなのに、それを回すとなぜだか色が見えるんです。しばらく、回っている独楽に注目してみてください。どうして色が見えるのかということは、諸説あってまだまだ決着がついていない状況ですが、とにかくこれは、脳の中で生み出された色としかいえないわけです。この色は、確かにすごく純粋な色です。世の中のどこにも存在しない、脳の中だけの色なんです。

 点描の画家たちの描く絵には確かに、そういう明るい色を感じます。こうした色の純粋さに、彼らが気づいていたということは、ものすごく面白いことですね。新印象派の歴史を見ると、認知神経科学の歴史を先取りしているように見える。

 私たちが色を感じるってどういうことなのかについて、彼らは実験をしている! という感じがするのです。それもものすごい忍耐力で。点点で一つの絵全部を描くなんてやっぱり普通に考えてできることではないですから。

 科学とか技術とか文明とかの発展と、点描は軌を一にしています。この展覧会で知って、面白かったのは、画家達がお互いに作品を買い合っていることでした。これは、科学者でいうところの、論文のやりとりみたいなものだと思ったんです。「おまえ、こういう新しい技法考えついたのか! すげえな! 俺、それを参考にしたいから、おまえの絵、買わせてくれよ。」って。

 実験して、技術を競い、進歩を求めるところ。

 これが、科学と彼らの親和性が高いところです。ずーっと同じ技法で描くのではなくて、今までに無いやり方をどんどん模索していった。

 それまでの絵画にあった、定まり。たとえば、神話とかキリスト教など物語の絵が一番偉くて、王様、貴族、聖人ら高貴な人の肖像画が次に偉くて、風景画や静物画はずっと格下だという通念。そういうものから彼らは解放されています。なぜかといえば、高貴な人もいるけれど、普通の人の中からお金持ちになる人も出てきて、そういう人の肖像画も必要とされるようになったし、写真も発明され、普及してきた時代です。遠い遠い聖書の中の憧れの土地だって、写真で見られるようになったし、鉄道を使って自分で行けるようにもなった。一緒の時代に生まれてきた全ての技術と競うように、絵は、世界に存在するものについて、ただ、なにか珍しいもの、美しいものを紹介するという役割を超えて、本当に私たちが感じること、私たち自身の脳の秘密について迫る、一つの手段になっていったのではないでしょうか。

茂木健一郎(もぎ けんいちろう)

1962年生まれ。脳科学者。ソニーコンピューターサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。『脳と仮想』で第四回小林秀雄賞を受賞。著書多数。

聞き書き

恩蔵絢子(おんぞう あやこ)

1979年生まれ。脳科学者。
上智大学物理学科卒業後、東京工業大学大学院にて脳科学を学び博士号修得。博士(学術)。

絵解き

植田工(うえだ たくみ)

1978年東京生まれ。東京藝術大学絵画科油画専攻卒業、東京藝術大学大学院美術解剖学(布施英利研究室)専攻修了。株式会社オリエンタルランドにてインハウスデザイナーとして勤務し退職後、脳科学者・茂木健一郎氏に師事しながら、アーティスト、アートディレクターとして活動。

構成

鈴木芳雄(すずき よしお)

1958年生まれ。編集者、美術ジャーナリスト。
慶應義塾大学卒業。愛知県立芸術大学客員教授。2010年3月までブルータス副編集長を10年間務める。主な仕事に「奈良美智、村上隆は世界言語だ。」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「緊急特集 井上雄彦」「仏像」など。共編著に『チームラボって、何者?』

  • ツイッターで最新情報をチェック
  • 日本経済新聞社文化事業部公式ページ

PageTop